先月、映画館で新作を3本も観たので、今回は特別に“映画館便り”と参ります。
その3 『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』 (7月25日、東京・渋谷、Bunkamura、ル・シネマにて観賞。詳しくは、crazyhorse-movie.jpへ。)
仕事で20回ほど訪れたパリで、僕は『ムーラン・ルージュ』にも『リド』にも連れて行っていただいたのですが、一番好きだったのは『クレイジーホース』。1970年代~80年代にかけて3回は観ています。いわゆるパリの三大スペクタクルの中で、『クレイジーホース』はステージが こじんまりと小さく、客席との距離も近い。そして演技(踊り・動き・表情)・振付・装置・照明・音楽が一体となって大胆かつ綿密に繰り展げられるショーは、「正に芸術」と感心さえしながら、うっとりと眺めていたものでした。
この映画はフレデリック・ワイズマン監督によるドキュメンタリーで、上映時間は134分。ステージのみを映し出したモノではモチロンなく、リハーサル・メークアップ・衣裳合わせ・クラブの運営会議、さらにはオーディション風景と、「普段カメラが入れない所まで70日間にわたって完全密着した」という作品です。生(ナマ)のステージを観ていた時は、踊り子さん達を“完璧な芸術家”と解釈していたのですが、舞台裏の彼女達は芸術家であると同時に、働く女性としての悩みや不安も抱えた“普通の人間”であるという、当たり前のコトに気づかされました。
スペクタクル自体も舞台裏の様子も どちらも好きな僕としては、すべてが興味津々だったのですが、ここでは印象に残った言葉を3つ、記しておきたいと思います(記憶に頼っているので、正確ではありませんけれど)。
「小さなミスがショー全体の足を引っ張って、『クレイジーホース』をダメにしてしまうんだ。そんなコトには我慢できない」。運営会議の中での演出家の発言。
「(今度来る新しい美術監督は)優秀な人なの?」。リハーサル後のミーティングでの踊り子さんの発言(踊り子全員が「私もそれを聞きたかった」という雰囲気で演出家の顔を見る)。
「ここにはいないけれど、容姿をハナにかけるようなダンサーは舞台では映えないモノです。逆にコンプレックスを抱いているダンサーは、それを克服しようとして努力する。そして舞台では、それが魅惑となって輝きを放ち、観客を魅了するのです」。インタビューに応じる形での美術監督の発言。
P.S. 双生児と想われる中年のデュオ・タップダンサーと動く影絵の指芸人、計男性三人の登場シーンも非常に印象的でした。ヴァライエティ・ショービジネスのテイストがよく出ていて、僕はとても良かったと思いました。
P.S. この映画は一見の価値が本当にあります。『クレイジーホース』は、単なるヒップ&ウィッグのオンパレードなんかでは、決してないのです。
その4 『屋根裏部屋のマリアたち』 (7月25日、東京・渋谷、Bunkamura、ル・シネマにて観賞。詳しくは、yaneura-maria.comへ。)
人生も半ばを過ぎたフランス人資産家の運命を変えたのは、屋根裏部屋に暮らす陽気で情熱的なスペイン人のメイドたちだった――。
1960年代のパリ。登場人物は、真面目な株式仲買人のシュベール氏、その妻でブルジョワの生活にどっぷりつかっている(かのように見える)ヘビー・スモーカーのマダム・シュザンヌ、彼女が新たに雇用したスペイン人メイドのマリア(モデルの田中マヤさんに似た美人)、そしてマリアと同郷の(生活のためにパリへ出稼ぎに来ていて、シュベール家と同じアパルトマンの屋根裏部屋に住んでいる)数人のメイド達。ある出来事を機にメイド達に共感と親しみを抱くようになったシュベール氏は、働き者でウィットに富んだマリアに惹かれても行く。一方、近頃ミョーに明るい夫の態度を不審に感じたシュザンヌは、夫が顧客の未亡人と浮気していると思い込む。口論の末、家から追い出されたシュベール氏は、メイド達と同じ屋根裏の空き部屋で一人暮らしを始める。しかし、それは彼にとって人生開眼の、人生をやり直す晴れのスタートとなるのだった(話は まだまだ続きます)。
シュベール氏とシュザンヌ夫人はブルジョワ人種としては嫌味のない、気難しいワリには好人物と言える夫婦。マリアは優秀かつ一所懸命なメイドだし、仲間は貧しくても逞ましい、ラテン系の明るさと人情味あふれる心優しい人達。そのやりとり・交流が楽しく面白く、劇場内では笑い声が絶えない程でした。そして笑いながら、お金や地位があっても型にハメ込まれているだけかもしれない味気ない人生と、お金や地位はなくても自由にイキイキと悔いなく暮らせる人生との違いについて、ちょっぴり考えさせられもする、これは上質な喜劇でした。上映時間は106分です。
その5 『ブラック・ブレッド』 (7月10日、東京・銀座テアトルシネマにて観賞。詳しくは、facebook.com/blackbreadmovieへ。)
フライヤーにあるとおり、これは「人間の“闇”をあぶり出す、緊迫のダーク・ミステリー」。ファンタジー的要素も含んではいるものの、少年少女向きの作品ではありません。
題名の“ブラック・ブレッド”とは、小麦に大麦・トウモロコシ・キビ・ドングリの粉etcを混ぜて焼いた黒いパンのコト(1930~40年代まで貧しい人々の間で食され、“貧者のパン”とも呼ばれていたそうです) 。富める者は白くて柔らかいパンを、貧しい者は硬くて無味な黒いパンを食す…。この映画には両者の宿命的な立場のようなモノが描かれていて、演出は堂々として揺るがず、ミステリーである以上にヒューマンな問題提起を試みているように感じられました。
1940年代、内戦直後のスペインは片田舎での物語。11歳の少年アンドレウは、カタルーニャの森の中で瀕死の親子を発見する。警察は当初 事故と考えたが、捜査が進むうちに容疑をかけられた少年の父は失踪。やがて少年は、内戦で心に闇を抱えた村人達の複雑な事情・人間関係・確執を知るに及び、心理的に激しく屈折していく…。
この映画はスペインで数多くの賞に輝き、主役の少年を演じたフランセスク・クルメも新人男優賞を受賞しました。彼と行動を共にする少女役の女の子の演技も素晴らしく、その目の表情など、ペネロペ・クルスも舌を巻きそうな程の強烈なインパクトを放っています。ただし正直に言うと、僕には ちょっと以上に難しい作品でした。
P.S. 次回は試写室便り、『コッホ先生と僕らの革命』と『ソハの地下水道』についてレポートします。
では!!