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Channel: 大高 博幸 –美的.com
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大高博幸の美的.com通信(297)『あの日のように抱きしめて』『さよなら、人類』『人生スイッチ』試写室便り Vol.97

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liletheday顔に傷を負いながらも強制収容所から生還した妻と、変貌した妻に気づかない夫。
再会が炙り出す心の痛手、そして 夫婦の愛の行方。

『東ベルリンから来た女』の 監督・主演トリオが描く、第二次世界大戦直後の深い葛藤――。

あの日のように抱きしめて』 (ドイツ/98分)
8.15 公開。www.anohi-movie.com/

【STORY】 1945年6月、ベルリン。ネリーは 顔に大怪我を負いながらも 強制収容所から奇跡的に生還し、顔の再建手術を受ける。彼女の願いは、夫 ジョニーを見つけ出し 過去を取り戻すこと。顔の傷が癒える頃、ついにネリーはジョニーと再会するが、容貌の変わったネリーに 夫は気づかない。そして、収容所で亡くなった(はずの)妻になりすまし 遺産を山分けしようと彼女に持ちかける。「夫は本当に自分を愛していたのか、それとも裏切ったのか――」。その想いに突き動かされ、提案を受け入れ、自分自身の偽者になるネリーだったが…。(試写招待状より。カッコ内は加筆)

通信(131)で紹介した 『東ベルリンから来た女』(2012年度 ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞)の クリスティアン・ペッツォルト監督が、同作に主演した ニーナ・ホス & ロナルト・ツェアフェルトと再びタッグを組んだ最新作。しかも 舞台は、ホロコーストの影が色濃い 敗戦直後のベルリン。元は声楽家だったヒロインのネリー(N・ホス)は、頬と鼻の骨が粉砕する大怪我を負いながらも 九死に一生を得たユダヤ人。彼女は 顔の復元手術を受け、ドイツ人で元ピアニストの夫(R・ツェアフェルト)との生活を取り戻そうとする。しかし 夫は、目の前に現れた彼女を「妻によく似た女性」と認識する…。コレは愛の真理を問うサスペンスフル & メロドラマティックな心理ドラマ。僕としては 試写を観る日が、非常に待ち遠しかった作品です。

手術前のネリーの顔は包帯で覆われていますが、その怪我はナチスの銃によるもので、顔面に頭蓋骨の破片まであるコトが 医師の話から判ってきます。ネリーは 医師から「以前とはベツの顔を望む者も多く、そのほうが手術としては成功しやすい」とアドバイスされますが、元の顔に戻るコトに固執します。
完全な復元は不可能だったものの、手術は成功。包帯が取れると同時に、ネリーは 瓦礫の山と化したベルリン市内へと向かい、ジョニーを捜し始めます。間もなく「フェニックス」という米兵相手のキャバレーで、掃除夫として働く彼の姿を発見。しかし、私娼(官庁の許可を得ていないモグリの売春婦)と間違われて 店を追い出されるネリー。その時、彼女に声を掛けてきたのは、なんとジョニーでした。「仕事をしたいんだね? ならば 僕と金儲けをしないか? 君は似ているんだ、僕の妻に。妻は収容所で死に、一族も全滅した。僕の妻を演じてくれ。そして妻の財産を山分けしよう。君には半分の2万ドルを渡せる」。
ネリーは 夫が 自分をネリー本人だと気づかないコトにショックを受けますが、申し出を受けるコトに。ネリーに 遺品の赤いパリ製の靴を履かせ、ネリーの筆跡を真似させるジョニー。ジョニーは ネリーが死んだものと思い込んでいる or 無意識に思い込もうとしているようで、彼女が収容所で死にかけた人間であるとは 想像さえしていません。さらには、ネリーが使っていた色と同じヘアカラーやコスメを用意し、彼女を 〝生前のネリー〟に出来るだけ近づけようとします。
そして いよいよ、旧友たちの元へ 〝生還〟する日が訪れます。

この最後の一連のシークエンスは 正に圧倒的でした。ベルリンの駅に降り立つネリー。出迎える旧友たち、そしてジョニー。さらに レストランのバルコニーの場面を挟んで、ネリーは「『スピーク・ロウ』(ジャズのスタンダードナンバー。本作では、ファーストシーンやレコードで聴く場面等に繰り返し使われている)を弾いてほしい」とジョニーに頼みます。赤いワンピースの袖を 少し たくし上げ、囁くように歌い始めるネリー。しばらくの後、ネリーの その腕に視線が止まり、ピアノを弾き続けられなくなるジョニー。ネリーは 伴奏なしで 最後まで歌い終え、そして……。
このラストシーンは、静かで淡々としているにも拘らず 緊張感が強く烈しく、息を潜めるようにして観ていた僕の体には 微かな震えが走りました。

主演者ふたりの抑制された演技は 切なく美しく、非の打ちどころがありません。また、ユダヤ機関で働きながら ネリーを支えるレネ役の ニーナ・クンツェンドルフも、繊細でいて毅然とした、そして恐らくは 戦時の体験によって頑なになっているキャラクターを 完璧に演じ上げています。その他、かつて ネリーが強制収容されて行く様を、たゞたゞ見守るしかなかった or 助けようもなかった人物や旧友たちの、とまどいと自責の念を含んだ複雑な感情が デリケートに映し出されている点も見事でした。
回想シーンを全く使わず、ストレートに描写される98分が、深く長い余韻を残す心理ドラマの傑作。僕は映画館で、改めて観ずには いられません。皆さんも、少しでも感じる何かがあったなら、ぜひとも観てほしい作品です。

 

sayonarajinrui

ⓒ Roy Andersson Filmproduktion AB

人類は おろかな過ちを繰り返す。
それでも 一人一人の人生は 愛おしい。

構想15年、撮影4年。精巧を極めた壮大なるアナログ巨篇。
第71回 ヴェネチア国際映画祭 金獅子賞 受賞作!

さよなら、人類』 (スウェーデン=ノルウェー=フランス=ドイツ/100分)
8.8 公開。www.bitters.co.jp/jinrui/

【STORY】 サムとヨナタン―― 面白グッズを売り歩く 冴えないセールスマンコンビ。現代の ドン・キホーテと サンチョ・パンサのように、さまざまな人たちの人生を目撃する。ワインを開けようとして心臓発作で死ぬ夫と それに気づかない妻、天国に持って行くために 宝石の入ったバッグを手放さない臨終の床の老女、現代のバーに立ち寄る スウェーデン国王率いる18世紀の騎馬軍…。なにをやっても上手くいかない人たちの 哀しくも可笑しな人生。(試写招待状より)

英語での原題は “A Pigeon Sat on a Branch Reflecting on Existence”。日本公開題名は 僕が思うに、ちょっと しっくり来ません。いろいろ考え抜いた末に、こうするしか なかったのでしょうが、読者の皆さんは 後向きな暗い作品だとは 思わずにいてください。
この映画は、今まで観たコトがないと断言できるほど 変わっています。まず、全39シーンを、固定したキャメラを用い、全て長回しのワンカットで撮影しています(クロースアップやバストアップ、移動ショットやパンショットは ひとつもない というコト)。しかも CGには一切頼らず、巨大なスタジオにセットを組み、多数のエキストラと馬を登場させ、徹底的に練り上げられた遠近法の構図や配置、色彩設計などにより、全篇が まるで動く絵画のように仕上げられているのです。
内容は、シニカルな おかしさと悲しみ、人間的な優しさと脆さと憂い、希望と喜びと恐怖 等々が入り混じったブラックユーモア & 白日夢のようなシュールレアリスム的世界。さらに、ほんの少しでも監督(ロイ・アンダーソン)の意図どうりにならなければ、何度でも最初から撮り直しをしたに違いないと想わせる 完璧なリズムとタイミングにも、僕は驚きながら陶酔しました。
それでも不快感を覚えたシーンが 2つほどありましたが(猿に電気ショックを与える実験室の場面 & 囚人たちをローストする巨大なオルガンの場面)、比較的 長く映し出される ロッタのカフェの場面 & 18世紀の騎馬隊の登場から、若く繊細そうな国王が バーのカウンター内の美青年に 威厳を保ちつゝ言い寄る場面 & チーズ屋の店先での店主夫婦の寸劇的場面などは 最高に魅力的でした。

ヴェネチア国際映画祭で審査員長を務めた アレクサンドル・デスプラ(『英国王のスピーチ』や『グランド・ブダペスト・ホテル』の作曲家でもある)は、「哲学的で詩的、それでいて人間的な作品だ。驚き、感動、衝撃…。私たちが求めていた これら全てを与えてくれたのは『さよなら、人類』だけだった」と語っています。
このページのスティルの色調や雰囲気に惹かれた あなたは、見逃すべからず。美術関係者やクリエイティブな仕事に携わる方々は、絶対に必見です。

 

ⓒ2014Kramer & Sigman Films  / El Deseo

ⓒ2014Kramer & Sigman Films / El Deseo

あの時、あのスイッチさえ押さなければ――。
オワリは <絶対> 予測不能。だから、人生は おもしろい!

人生スイッチ』 (アルゼンチン=スペイン合作/122分/PG12)
7.25 公開。jinseiswitch.gaga.ne.jp

【INTRODUCTION】 「こんな映画、みたことがない!」 2014年 カンヌ国際映画祭の話題を1本の映画が、さらった。ほんのささいなきっかけによって人生に躓き、そこから止めようのない<不運の連鎖>に巻き込まれ、鮮やかに落ちていく人々の姿を、全く新しい手法でユーモアたっぷりに描いた本作。その全く先読みを許さない展開と、予想を超えた圧巻のラストの衝撃に、世界中の映画通は舌を巻き、そして爆笑。映画大国 アルゼンチンでは「史上最大ヒット!」という とんでもない記録を打出し、その熱狂は世界中を沸かせた。名匠 ペドロ・アルモドバル製作 × 若き鬼才 ダミアン・ジフロン監督が放つ異色大傑作、いよいよ今夏、日本襲来。必見! (試写招待状より)

6つのイカレたストーリー、興奮と怒りを制御できない登場人物たちの、とんでもないハプニングを繋ぎ合わせたオムニバス映画。それぞれの話の中に ゾーッとさせられる部分と爆笑させられる部分とが存在し、真剣に観ていたせいか、2時間2分が短く感じられました。そして、劇場で観終えた観客の、「あー、面白かった! でも 腹立ちまぎれに怒りのスイッチを押してたら、人生 破滅だな」「そうよ。自制心を養わなくちゃねー」などと言う声が聞こえて来そうな感じ…。Yes、コレは短気な人ほど観るべき映画。もっとも ジフロン監督(脚本も)は、「そんな意図なんか、僕には ないよ」と 機嫌を損ねてしまうかも(笑)。

以下、勝手な話ですが、端役として一瞬だけ登場する人物を、有名なスターたちに特別出演の形で演じてもらうなどしたなら、この映画は 一層 面白くなり、興行価値もグンと高くなったはず。たとえば、「エンスト」の巻のラストに登場して 大爆笑のひと言を発する警察官役を ジョン・トラボルタに、「ヒーローになるために」の巻の 支払い窓口でクレームをつけている女性役を ペネロペ・クルスに、etc、etc。アルモドバル氏は、そのくらいガンバっても良かったのに と思いました。

 

 

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ビューティ エキスパート
大高 博幸
1948年生まれ。24歳の時、日本人として初めて、パリコレでメークを担当。『美的』本誌では創刊以来の連載「今月のおすすめ:大高博幸さんが選ぶベストバイ」を執筆。
■大高博幸の美的.com通信 http://www.biteki.com/article_category/ohtaka/

 


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