マルコが好きだったもの。人形のアシュリー、ディスコダンス、ハッピーエンドのおとぎ話、そしてチョコレートドーナツ――。
1970年代のアメリカであった実話に基づき製作された本作。出会うこと、求めること、守ること、愛すること……。ゲイもダウン症も関係なく、魂のレベルで求め合う愛は すべての人の心に届く。そして、『チョコレートドーナツ』は 全米中の映画祭を感動の渦に巻き込み、各地で観客賞を総ナメにする快挙を成し遂げた。
『チョコレートドーナツ』 (アメリカ映画/97分)
4.19 公開。www.bitters.co.jp/choco
【STORY】 1979年、カリフォルニア。シンガーを夢見ながらもショーダンサーで日銭を稼ぐルディ。正義を信じながらも、ゲイであることを隠して生きる弁護士のポール。母の愛情を受けずに育ったダウン症の少年・マルコ。世界の片隅で3人は出会った。そして、ルディとポールは愛し合い、マルコとともに幸せな家庭を築き始める。ポールがルディのために購入した録音機でデモテープを作り、ナイトクラブへ送るルディ。学校の手続きをし、初めて友達とともに学ぶマルコ。夢は叶うかに見えた。しかし、幸福な時間は長くは続かなかった。ゲイであるがゆえに法と好奇の目にさらされ、ルディとポールはマルコと引き離されてしまう……。(プレスブックより)
この映画は力強い。心を打たれたというよりも、ノックアウトされた感じ。一部には「ゲイの お涙ちょうだいモノ」とケナす人もいたそうですが、それは違うと僕は思います。
まず、アラン・カミング演ずるルディについて。最初のうちは 妙に派手で妖(なまめか)しくて、なのに 何日も洗濯していないような服を着ていて(アパート代も払えない程だから仕方がないのだけれど)、かなり嫌いなタイプ と僕は感じていたのですが、徐々にというか、すぐにというか、嫌いが好きに変わって行きました。
ハシャギ屋でいて傷つきやすく、虚勢も張るけれど気安さと優しさとユーモアのセンスの持ち主で、派手さの内側にアウトサイダーとしての寂しさ・孤独感を漂わせている…。そして何よりも真にハートフルな性格…。それらが彼の全身から あふれ出ていて、「あの人(ポールのコト)、自覚してないけど、私に ぞっこんなの❤」とマルコに言う辺りになると、もう 友人のような存在になっていました。
この映画は、文化的・政治的・法的な問題を含んだ メッセージ性の強い作品ですが、それ以上に人間の本質的な美しさを描いているところに感動があります。繊細かつ大胆、誠実でいて挑戦的でもある語り口をとうして、人間の普遍的な感情を押し出しているのです。
脚本は、20年ほど前に ジョージ・A・ブルーム(ルディとマルコのモデルとなった人物の近所に住んでいた)によって書き上げられながら オクラにされていたモノを、トラヴィス・ファイン(製作と監督も兼ねている)が書き改めた とのコト。
マルコを演じているのは、中学生の頃から俳優を志していたという、実際にダウン症のアイザック・レイヴァ。彼は多様な感情を的確に表現していて、僕はダウン症の人々に関する意識が、今まで あまりにも低すぎたコトを痛感しました。
性的に解放されているルディとは対照的な生き方をして来たポール役のギャレット・ディラハントは、控えめとも言える誠実な演技で、ルディ役のA・カミングと見事に引き立て合っています。
その他、薬物依存症のマルコの母親役のジェイミー・アン・オールマン、マイヤーソン判事役のフランシス・フィッシャー等、演技陣は揃って適役・好演。
『チョコレートドーナツ』は、観た人の心に残るという以上に、心の中の何かを変えるor刺激する感動作です。「観に行って良かった」と感じる人は、とても多いはず。取りあえず、www.bitters.co.jp/chocoで予告編を観て、それから映画館へ行くかどうか、決めてください。
人は、憎しみを断ち切れる。
『レイルウェイ 運命の旅路』 (オーストラリア・イギリス合作映画/116分)
4.19 公開。railway-tabi.jp
【STORY】 蒸気機関車に魅了され鉄道好きになったエリック・ローマクスは、平凡な人生を送るはずだった。軍に入隊したエリックは 第二次世界大戦下に日本軍の捕虜となり、タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設に狩り出される。酷い扱いを受けながらも戦禍を生きのびたエリック。戦時下の記憶に苦しめられながらも、献身的な愛で支える妻パトリシアと共に平穏な日々を過ごそうとしていた。そんなある日、新聞記事で当時の日本人通訳 永瀬が今も生きていることを知る。永瀬はエリックを苦しめる記憶に深い関わりのある人物だ。戦争体験を伝えようと寺院を建て、タイで暮らしていた。
永瀬の生存に動揺を隠せないエリック。戦争で負った深い心の傷を呼び覚まされ、正気を失いそうになるが、彼は ある重要な決断を下す。数十年の時を経て、ただ一人、再びタイへ向かうことを決意したのだった――。(宣伝用チラシより)
「エクスアイア」誌・ノンフィクション大賞を受賞したエリック・ローマクスの自伝の映画化で、テーマは“赦し”と、その先に訪れる“心の平静”。
監督は、本作が日本公開第1作となるダークホース的な“俊英”ジョナサン・テプリツキー。
出演者は、エリック役にコリン・ファース、パトリシア役にニコール・キッドマン、永瀬役に真田広之。そして、若き日のエリックをジェレミー・アーヴァイン、同じく若き日の永瀬を石田淡朗が演じています。
開巻数分後、列車に乗り込んだエリックは パトリシアと偶然 相席になり、たちまち恋に落ちる(この場面の柔らかく知的なユーモアは秀逸)…。
ふたりは結ばれ 新婚生活に入るが、間もなくエリックは“悪夢”に苦しめられ、自分の殻に閉じこもるようになる(この“悪夢”から大戦時の“回想場面”へと移行する、映画ならではの構成が非常に巧み)…。
そして全篇の大半を占める戦地の場面は、非人間的な政治勢力、戦争の残酷さ、日本軍の蛮行振りをリアルに描き出しています。
息抜きのためのコメディリリーフなど入り込む余地もない厳しい状況の中で、唯一明るい場面は、エリックが戦友のフィンレイ(サム・リード)らと協力してラジオを作り、母国の放送を聞く部分。しかし、コレがエリックに 深い心の傷を負わせる、非情な体験へと つながって行きます。
映画の終盤に於ける最も重要な場面のひとつ…、エリックが永瀬の前に姿を現わす「ケンペイタイ(憲兵隊)ミュージアム」でのシークエンスは、おそらくですが“事実”を忠実に再現しているため、“映画”としては 少々煮え切らない 弱い印象を与える感がありました。たゞ、興行上(商業上)の価値を高めるための“嘘”の脚色・演出を施さなかった作り手の意図は、認められて然るべきでしょう。
C・ファースとN・キッドマンは、愛し信じ合う夫婦として意外にも好相性。J・アーヴァインは、映画デビュー作『戦火の馬』に続いて、独自の個性と魅力を備えた若手の実力派俳優であるコトを証明しています。彼が今後 どのようなキャリアを積んで行くかにも、大いに注目したいところです。
ある日 突然 目覚めた能力。
世界の運命は 彼女の封印された記憶に託された。
『シャドウハンター』 (アメリカ・ドイツ・カナダ合作映画/130分)
4.19 公開。shadowhunter.jp
【STORY】 NYで育った15歳の少女クラリーの日常は、母親が さらわれたことをきっかけに一変する。見たこともない生き物に襲われ、危機一髪のところを救ってくれた見知らぬ少年ジェイスに 驚くべき真実を告げられたのだ。この世にはダウンワールダーと呼ばれる地下世界の住人が存在しており、ジェイスは妖魔を狩り、伝説の聖杯を守る“シャドウハンター”だと言うのだ。そして、クラリーの母親もまた 最強のシャドウハンターだったと…。
クラリーは母を救うため、そして失われた聖杯を探すため、戦いの道へと足を踏み入れなくては いけなくなる。聖杯を探す鍵は、クラリーの封印された記憶の中にだけ。徐々に よみがえる記憶と共に、クラリーの計り知れないパワーが目覚め始めた――。(プレスブックより)
上映時間130分は少々長過ぎる気がしたものの、アクション・アドベンチャー映画としてセッティングや人物描写に手抜きがなく、ハラルド・ズワルト監督作品だけのコトはあると思いました。
原作は、刊行されるやいなや ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストにランクインされた、カサンドラ・クレアのファンタジー小説「シャドウハンター 骨の街」。“シャドウハンター”とは、「数千年前、悪魔の侵略によって人類が絶滅の危機に瀕した時、大天使ラジエルが自らの血と人間の血を伝説の聖杯に入れて混ぜ合わせた。それを飲んだ者が最初のシャドウハンターである。それ以降、妖魔と戦い、人類と聖杯を守ることを使命とする戦士一族」。
賜宝の聖杯をめぐって、妖魔、魔法使い、吸血鬼、人狼等が絡み、展開はスピーディ、背景は変化に富んでいます。アクションシーンはモチロンたっぷりですが、僕が惹かれたのは“NY インスティテュート”、“吸血鬼の根城”、そして蝶やホタルが舞う“熱帯庭園”の場面。一番恐ろしかったのは、凶暴な犬(実は妖魔)が醜悪な化け物に変身し、クラリーを執拗に襲う場面。
装置は感心するほど丁寧に作られていて、それを照明技術が一層引き立てています。その画面の質の高さは、この種の映画の製作関係者達に見習ってほしい程でした。
クラリー役はリリー・コリンズ、ジェイス役はジェイミー・C・バウアー、クラリーのボーイフレンド:サイモン役はロバート・シーハン。彼らの若さと熱演振りにも、拍手を贈ります。
次の試写室便りは 明日4月3日、『8月の家族たち』と『ある過去の行方』について配信の予定です。では!
ビューティ エキスパート 大高 博幸1948年生まれ、美容業界歴47年。24歳の時、日本人として初めて、パリコレでメークを担当。『美的』本誌では創刊以来の連載「今月のおすすめ:大高博幸さんが選ぶベストバイ」を執筆。 ■大高博幸の美的.com通信 http://www.biteki.com/article_category/ohtaka/ |